2017522日まで国立新美術館で開催されていた、草間彌生の展示会『わが永遠の魂』。およそ500点にも及ぶ大型絵画シリーズの中から選び抜かれた132点の未公開作品が展示されたとあって、国内外合わせて52万人が来場したほどの人気ぶりだった。今回は、少し別の角度から見る(欧州人の)アーモンド・アイの視点で、この草間彌生展について紹介したい。

この展示会は、大きく分けて幼少期を過ごした松本時代、ニューヨーク時代、そして帰国後の東京時代という構成となっているが、まず最初の部屋に入ると、いきなりメインディッシュを差し出された感じだ。『わが永遠の魂』コレクションが壁一面に飾られており、中央に置かれたオブジェの他、ありとあらゆる色を使った無数の絵画ワールドに沈み込んでいくような、どこを見ても正方形の世界が広がっていた。草間氏は2009年からこのインスタグラム風のフォーマットを用いて作品を描き続けており、展示会の順路を追うごとに、彼女が多種多様なアーティストから受けたであろう影響の跡形が感じられた

興味が湧き二つ目の部屋に足を踏み入れると、そこには彼女の初期作品が展示されていた。真っ黒な壁紙に飾られている作品はどれも暗く、重みのある色使いだった。事前に彼女の経歴について調べていたことで、作品の裏に潜む様々なメッセージを感じ取ることができたようにも思うが、若い頃の草間氏には、複雑な内面性や幻覚・恐怖を表現化するまで準備期間が必要だったであろうことが、作品の端々から感じられた

三つ目の部屋に入ると、草間氏の代名詞とも言える、あの見事な水玉の世界が広がっており、まるで60年代の草間ワールドにスリップしたような感覚だった。魔法?というよりは、空間移動に近いかもしれない。1968年にアメリカで始まったヒッピーブームは、この若きアーティストが幼少期から押し殺してきたものを解き放ったかのごとく、草間氏は作品活動に没頭したようだ。そう、あの自身を悩ませた幻覚や強迫観念を、壁や水玉のオブジェに投影しながら。

ニューヨーク時代、草間氏は柔らかい素材を用いた「ソフト・スカルプチュア」と呼ばれる3Dオブジェを多く手がけたが、特にこの時期にはニューヨーカーの影響が作品の合間合間に垣間見える(在住者だったため、影響を受けるのはごく自然なことではあるのだが)。「Make love, not war(戦争するならセックスしよう)」という、ジョン・レノンやオノ・ヨーコを彷彿とさせる反戦スローガンに触れた草間氏は、男性器を表す「突起物」のスカルプチュアの製作を行う。性的なシンボルといえど、彼女の手にかかると、作品がどこか可愛らしさと純真無垢な面影を残すのはなぜだろう。草間氏がこれまでの恐怖や強迫観念を、自身が感じたままの「純粋な感覚」で捉え、それを「突起物」を通して表現したからなのだろうか。また、60年代に流行したヒッピーの活動に加わっていた中でも、この独特の「純粋さ」があったからこそ、彼女の作品は嫌悪さを抱くような下品さとして映らなかったのだろうか。そんなことを考えながら、目がチカチカするような水玉に彩られた「突起物」まみれの部屋を眺めてみる。従来のやり方に対する抵抗する姿は、「自己消滅」(1967年)シリーズにも表れており、彼女自身ライブパフォーマンスなどで作品の中に登場しているほか、ビッッグ・アップル(ニューヨーク市のニックネーム)の街中を裸で行進する短編映画なども製作している。なるほど、「前衛の女王」や「ハプニングの女王」などと呼ばれたわけだ。

1973年に草間氏は自身のアートを発表するため、日本へ帰国するが、当時の日本はまだ彼女のダイレクトでインパクトな表現を受け入れるだけの理解が無く、母国での反応は彼女を幻滅させるものとなった。どの時代をとって見ても、恐怖に駆られながらも筆を休めることがなかった「草間彌生」という人物は、人生を大きく揺るがすニューヨーク行きもあっさり決断したほど、非常に決意のある力強い女性だったことがうかがえる。アメリカという土地は、アバンギャルドで自身のスタイルが受け入れてもらいやすい国だったというだけではなく、国際的に大きく知られるだけのチャンスを勝ち取る舞台でもあったということを、彼女なりに理解していたのだろう。

それでこの展示会について、結局何が言いたいのかって?実は筆者、今回の展示会の他、2012年にロンドンTate Modernで行われた展示会にも足を運んだが、あの有名な「無限の鏡の間」(“Love Forever”, 1966)は今回の東京展もロンドン展とほぼ全く同じように展示されていた。もちろんどちらもエキサイティングなものではあったが、これだけ世界的に有名なアーティスト、母国で展示を行うということを考えると、「前衛の女王」という名の通り、個人的にはもっとワイドショーを騒然とさせるような、ショッキングな新しいサプライズを少々期待していたのも事実だ。ついでに言うと、日本でこの「真っ赤な髪のアーティスト」が、タブーなトピックにまつわる作品を発表をする時、なぜモザイク処理が施されているのだろうと、イタリア出身の筆者は気になった。やはり彼女の作品は刺激が強すぎるのだろうか。それともただ、日本人は彼女の「クレイジーさ」を受け入れるだけの準備がまだ整っていないのだろうか。

Article: Elisa Da Rin Puppel 

Edited by: Yurie.N

INFO:

Exposition: YAYOI KUSAMA – MY ETERNAL SOUL’

Date: 22/02/2017 – 22/05/2017  (Fermé le mardi)

Adresse: Tokyo National Art Center, Special Exhibition Gallery 1E, 7-22-2 Roppongi, Minato-ku, Tokyo, Japan.

Horaires: 10.00 – 18.00