2013年にナポリ出身のパオロ・ソレンティーノ監督(監督、原案、脚本)によって作られたイタリアフランスの映画追憶のローマ(The Great Beauty)。この映画は、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で初上映され、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞及び第86回アカデミー賞外国映画賞を獲得。

魅力的で煌びやかな街、ローマで作家のジェップ(トニ・セルヴィッロ)65歳の誕生日を迎えた。彼は作家でありながら、大昔に出版した小説は1冊のみ。その成功だけを頼りに、以後執筆することもなく自由気ままな人生を送っていた。富裕層や知識人の集まる派手なパーティーに夜な夜な繰り出し、豪華ながらも退廃的な暮らしにどっぷりと浸かる。彼が1冊しか出版しなかった理由、それは彼が「グレートビューティ(人生においての美)」を見つけられなかったから。今日も彼は、それを探し続けている。

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Tony Servillo (Jep), the main character of The Great Beauty

ワカペディアの見る追憶のローマ

これまで数多くの映画がローマを舞台にしてきたけれど、これはまさに、ローマに捧げられた作品だと言えるだろう。多くの映画評論家は、この映画がフェデリコ・フェリー二の映画『甘い生活』から強い影響を受けたと言うけれど、私はそれ以上に、彼はフェリーニが描ききれなかった『美しくも醜いローマの姿』をとてもアーティスティックに描写していると思う。街を一望した後、その美しさから気を失う日本人観光客が絶妙な『永遠に美しき都』。その後から繰り広げられる、華々しくも毒々しいパーティー生活のコントラストが見事だ。

特に注目なのは、ナポリ出身の監督がこの街を描いたということ。地元民の視線から見るローマとはまた違った姿が、そこには映し出される。それが彼のシーンの撮り方やカメラ使いなどの巧みな映画テクニックと混合されて、とても芸術的で美しく仕上がったと思う。

落ちぶれた富裕層達との会話は、『甘い生活』以外にもミケランジェロ・アントニオーニ監督の作品『(La Notte)や、エットレ・スコーラの『テラス』(La Terrazza)を彷彿とさせる。ソレンティーノ氏の映画を見て私が気づいたことは、孤独な男性が頻繁に登場し、『』というテーマがよく作品中に取り上げられているということだ。両親を幼い頃に失くしているソレンティーノは、もしかしたら無意識に自分自身を重ねて描いていたのかもしれない。彼の描く死とは決して肉体的なものばかりではなく、精神的なものを指すことも多い。死を意識しながらも、希望を抱きポジティブに生きる。そんな彼は、様々なローマの姿を見た後で、もう一度筆を取ろうと試みるのだった。

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A few movie scenes

すべてはここから始まった。

サラワカ:Ciaoミーコル!ローマのエージェントから電話があってさ。なんかローマでオーディションがあるから明日ミラノからローマまで来てくれって言われたんだけど、ピエロ?パオロ・ソッレントだったかな?そんな名前の映画監督。断っちゃってもいいよね?

ミーコル:それってもしかして、パオロ・ソレンティーノ?!

サラワカ:あっ!そう、そんな感じの名前だった気がする!

ミーコル:馬鹿じゃないの?信じられない!!彼、今すごい話題の監督だよ!早く行ってきなさい!

それが映画『追憶のローマ』との出会いだった。

ローマの夏は半端なく暑かった。38度を超える中、私はクーラーの無いインディゴ・プロダクションのオフィスで自分の番を待っていた。レオナルド・ダ・ヴィンチみたいなおじいさんと、ナイトクラブで働いていそうなおばさんの真ん中に座りながら。あまりにも状況が不可解すぎて、一瞬これは日本人向けのドッキリ番組なんじゃないかと、本気で思った。後から知った事だけど、ナイトクラブのおばさんは80年代にイタリアで人気だった女優セレナ・グランディで、レオナルド・ダ・ヴィンチみたいなおじいさんは、イタリアの俳優ジュリオ・ブロッジ だったらしい。

一時間程待って、ようやく自分の番が回ってきた。オフィスには、青い目をした爆発頭のおじさんが座っていて、「ちゃんとThere Must be an angelっていう曲は覚えてきたかい?歌って踊れるかね? 」と聞いてきた。「はい」と言い歌って踊ってみせると、「はい。オッケー!」とだけ言われて、オフィスを出た。するとアシスタントディレクターのジュリオがこう尋ねてきた。「彼が誰だか知ってるよね?」正直に知らないと答えると、ジュリオは「あれがパオロ・ソッレンティーノ監督本人だよ」と言ったのだった。

舞台合わせ、衣装合わせ、様々な理由で三回以上ミラノからローマに足を運んだ。その度にプロダクションは交通費やホテルなどを全てカバーしてくれたというのに、撮影一週間前に行ったミラノのクラブ・プラスティックで酔っぱらったサラワカは、左足首を見事に骨折してしまったのだった。別に女優になりたいという夢が特別あったわけではなかったけれど、人生で一度は映画の世界を経験したいと楽しみにしていた私は、泣きながらプロダクションに電話を掛けた。

サラワカジュリオ、本当にごめん・・・実は昨日、左足首を骨折しちゃった・・・

ジュリオ(黙り込む)えっ・・・冗談でしょ?サラワカは歌って踊るシンガー役なんだよ?!

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The make up artist and I with my broken leg – before shooting

きっと心の中では「何やってんだ馬鹿野郎!」と叫びたかったに違いないが、とても人が良くて優しいジュリオは「そっか・・・それなら仕方ないね。お大事に」と言ってくれた。

病院でどんよりしていた私に再び連絡がきたのは、その次の日だった。

ジュリオ:ソレンティーノ監督が、足を折ろうが何だろうが、サラワカは出演しないとだめだって言ってたよ!良かったね!僕もとっても嬉しいよ!

「なんて有難い知らせなんだ!」と電話が掛かってきた時は相当嬉しかったけれど、実際にミラノから松葉杖をつきながら電車でローマに行くのは相当キツかった。ましてやそれが、手術から間もなく退院した翌日だったので尚更だ。

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The scene I was in: set with the cast and crew

ふらふらな状態でローマに着いた時には、ジュリオがテルミニ駅で待っていてくれた。私が登場したシーンは、ローマにあるカラカラ浴場の丘の上にある別荘で撮影した。そこには信じられないくらい沢山の美術品が置かれていて、巨大なセットとあまりに多い参加者の数に、私は驚いた。その数時間後、ヘルメットで潰された爆発頭のおじさんがバイクに乗ってやってきた。

「色々大変だったらしいな。ローマまで来てくれてありがとう。では早速歌って踊ってもらおうか。」と言うソレンティーノ監督。え、冗談でしょ?「いや、私昨日退院したばかりなんですけど・・・」と答えると、「踊れないというのかい?」と言われた。どう考えても普通に無理でしょう!と答えたい気持ちを抑えて、口をつぐんだ。すると監督はソファーを見つけ、仰向けのまま踊るようにと私に指示をした。あぁ、助かった。。。

最初は3分のシーンのためにローマに4日間だけ滞在するはずの予定が、結局1週間近くローマにいる事になった。(最終的に映画の中では3秒になっていたけど・・・)

1週間、私はセットの中でずっと座りながら自分の番を待った。色々な人と知り合うのが大好きでじっとする事ができない私は 、現場で動き回りたくて仕方なかった。でも少しでも松葉杖で立ち上がろうとすると、プロダクションの人達に「そこの病人!じっとしてなさい!」と何度も怒られた。

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Carlo Verdone (Romano), Sara Waka, Toni Servillo (Jep)

セットの中での体験はとても興味深かった。こうして沢山の人が協力して一本の映画を作るという過程は面白かったけれど、予想以上に待つ事が多くてかなり退屈した事も事実だ。幸か不幸か、骨折という理由で私はイタリアの大俳優と大女優の楽屋に投げ込まれた。イタリアのテレビを全く見ない私にとっては、誰が誰だかさっぱりわからなかったけれど。唯一知っていた女優は、サブリナ・フェリッリだけだった。有名俳優に囲まれた中、たった3分だけ出演する私に優しく声を掛けてくれたおじさんがいた。メガネをかけて付けヒゲをした男性だった。彼が「そのギブスは撮影の為かい?」と聞いてきたものだから、私は何が起こったのかを面白おかしく話した。その数時間後、そのおじさんが、実はイタリアの有名なコメディアン俳優カルロ・ヴェルドーネである事を知ったのだった。主人公ジェップ役のトニ・セルヴィッロ、映画以外にも舞台がすごく好きで舞台俳優もやっているんだと話してくれた。

映画は11月にクランクアップした。何ヶ月も上映を楽しみに待ち続けていた3月のある日、友達のミーコルから電話が掛かってきた。

「 ・・・・サラワカ、ショック受けないでよね。」

と一言だけ言い、彼女はあるサイトのリンクを送ってきた。そのビデオには『追憶のローマ。ここでだけで見られるカットシーン!』というタイトルが名付けられていた。最初の部分を見てみると、そこに現れたのは自分の姿だった。

5月になり『追憶のローマ』がカンヌ映画祭のオープニングを飾ることに決まった。自分なんてもう映ってないんだろうなと落ち込みながらも、「まぁ一応映画に出演したわけだし、映画祭にいってみようかな。何事も経験!」と自前のポジティブ思考で、カンヌへ飛んだ。これほど大きい国際映画祭に参加したのはもちろん初めてで、周りには有名な監督、俳優、セレブやモデル等が集まり、ただならぬゴージャス感で街は溢れていた。でもそれ以上に心に残ったもの、それはまさに何ヶ月もかけて丹念に作り上げられたこの作品!!当初の予想を遥かに超えて、ソレンティーノ監督は見事にローマの街並みをカメラに収めた。それは繊細でありながら大胆で、素朴でありながらも芸術的だった。(ちなみに、3秒写っていた自分の姿もしっかり発見!)

カットされようがされまいが、こんな素晴らしい映画に参加できた事に本当に感謝している。ありがとうソレンティーノ監督!!

この映画の中で一番心に響いた主人公ジェップのセリフは、

「65歳になった数日後に私が悟った最も重要なこと。それは、自分がやりたくないことをやって時間を無駄には出来ないということだ。」

きっとこの言葉は、ニセモノで溢れた世界の中で本物の幸せをつかむ為のキーワードなんじゃないかと思う。自分の気持ちに耳を傾け、正直であるということ。このメッセージが、行き詰まった状況の中にいた私の背中を押した。

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plaster cast signed by Paolo Sorrentino

Description & Interview: Sara Waka

Edited by:Yuliette