2019 – 11月24日まで開催中のヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展、オススメの展示館へLet’s Go!

2019年で58回目の開催となるヴェネツィア・ビエンナーレだが、アートの神様は、今年に入ってからワカペディアに2度も微笑んでくれた。20195月のオープニングでは、私たちが一番心を奪われた、カ・ドーロジョルジョ・フランケッティ美術館で開催中の、『Dysfunctional』展について紹介する機会を得られた。(ワカペディアの記事はこちら)そして9月末、今度は第58回ビエンナーレのオフィシャルスポンサー、スウォッチ(Swatch)からの招待状を手に、再びヴェネツィアへ。各国の展示館を紹介する前に、スイスの時計メーカーのスウォッチが、なぜ美術展のスポンサーをするのだろうと疑問に思ったあなたのために、ワカペディアの「スウォッチおさらい講座」スタート!

1983年の創業以来、スウォッチは世界中のアートコンテストやイベントのサポートを続け、アートと密接に関わってきた。多くのアーティストとコラボレーションを果たし、ユニークなグラフィックも手がけている。そして2010年には、次世代コンテンポラリーアートのメッカと名高い上海市に、アーティストの活動をサポートするためのレジデンス、Swatch Art Peace Hotelをオープンした。世界中からダンサー、ミュージシャン、写真家、映画監督、画家、概念芸術家等、様々な分野のアーティストが集まり、3ヶ月~6ヶ月間滞在する。滞在中に参加するイベントや他のアーティストとの交流を通じて、彼らがアーティストとして更に成長できる環境を提供している。出来上がった作品はスウォッチのコレクションに加わり、世界中のアート展で展示されることになるのだから、アーティストにとっては夢のような話だ。そしてこのビエンナーレでも、Swatch Art Peace Hotelで製作された選りすぐりのアート作品が特別展示されている。作品はとてもカラフルでポップ、まさにワカペディアの大好物!こんなに素敵なアイディアを形にしているブランドを見て、明日からでもアーティストとして入居したい!と思わず口を揃えたワカペディアチームだった。

さて、「スウォッチおさらい講座」はここまで。本題のビエンナーレ必見の4つの展示館へ話を戻すとしよう。第58回ビエンナーレのディレクターを務めるのは、ロンドンヘイワード・ギャラリーの館長であるラルフ・ルゴフ(Ralph Rugoff)。2つのメイン会場で開かれる企画展には、世界から79組のアーティストが招かれ、同じアーティストが各会場で別の作品を展示する構成になっている他、国別のパビリオンにも90カ国が参加している。今回のテーマは、「May You Live in Interesting Times(数奇な時代を生きられますように)」。元は古代中国の言葉で、「不確実、危機、混迷の時代を呼び覚ますもの」という意味で使われてきたそう。これは、フェイクニュースやオルタナティブ・ファクトがインターネット上にはびこり、政治への不信感や経済危機など、様々な問題に直面している現代社会への問いかけだろう。奇妙でおかしな時代を生きている私達が、時にヘビーで刺激的なアートを体感することで、違う視点を手に入れ、日常と向き合う手がかりを見つけることが狙いだ。個性あふれる展示館を巡って、作品に向き合ってみよう。今回はワカペディアが選んだ、ビエンナーレ作品ベスト4をご紹介!

(注意:ビエンナーレはかなり広いため、ガールズはヒールだと足を痛めてしまう可能性が。出来るだけ足に負担がかからない靴でアートを楽しもう!)

1 ビーチにいるコーラスパフォーマーの感情(リトアニア館)

今回私たちが特に気に入った国別展示館は、リトアニア館だ。国別参加部門金獅子賞(最優秀賞)を受賞したこともあって、その魅力はアート界のお墨付き!

リトアニア館で公開されているのは『Sun & Sea(Marina)』というリトアニア出身の女性3人、ルギーレ・バルズジュカイテ(Rugile Barzdžiukaitė)、ヴァイヴァ・グライニテ(Vaiva Grainyte)、リナ・ラペリテ(Lina Lapelyte)のオペラ・パフォーマンス作品だ。アルセナーレ会場付近の倉庫に仮設されたビーチには、わざわざリトアニアから運んできた砂が使用されていて、老若男女が余暇を過ごしている。本物のビーチと違うのは、バックグラウンドで流れているコンテンポラリーオペラの音楽に合わせて、水着姿のパフォーマーが環境破壊や気候変動について歌いながら、ビーチで遊んだり、日向ぼっこをしている点だ。(もちろん、日焼けをしに来たパーティーガールやナンパ待ちのボーイズがいないのも現実とは異なるけれど)ちなみに、現地ヴェネチアでスカウトされた一般人も、エキストラで参加しているのだとか。全てが混ざり合って作り出される雰囲気や歌声が、どこかシュールでありながらも感情に訴えかけてくる。あなたもきっと、気づいたら空間に引き込まれているはず。

幸運なことに、ワカペディアチームがリトアニア館を訪れた日は、この作品のアーティストで演出家の、ルギーレ・バルズジュカイテと話をするチャンスがやってきた!8時間にわたるオペラを堪能した後、私たちを出迎えてくれたルギーレ。優しい出で立ちとニコニコの笑顔で、私たちを展示館の裏側の静かなスペースへと案内してくれた。そこにあった2つのビーチチェアと、強風で今にも吹っ飛びそうな逆さまのパラソルを見た私たちは、これも彼女の作品の一部?!と思わず思ってしまったほど。彼女はそんな私たちをリラックスさせるように、「実は7歳の息子も、あのビーチパフォーマンスに参加したのよ。コーラスのパフォーマーに紛れて、まるで本当にバカンスでビーチに来たかのようにラケットで遊んでいたのよ。」と、可愛らしいエピソードを聞かせてくれた。

ルギーレにこのプロジェクトの経緯について聞いてみると、「実は、作曲家兼アーティストのリナ・ラペリテと、作詞家兼詩人のヴァイヴァ・グライニテの三人でブレインストーミングをした時、人類の体に隠された弱さや、生まれ持って死ぬ運命について探求するというパフォーマンスを作るというアイディアに辿り着いたの。なんでそんな重くて厳しいテーマなのにビーチなんて楽天的な場所を選んだのかって?それは、人が心も体も裸の状態にとても近いでしょう。身を護るものが何もなく、人間の持つ全ての脆さが露わになる場所だからよ。でも、私たちは誰もが分かるような強調したやり方で問題提起をするのではなく、観客がほとんど気づかないような方法で表現したかったの。例えば、風で揺れるビニール袋が出す、カサカサという音をバックミュージックとして使ったりね。」と話した後、こう続けた。「賞を受賞することに関しては、特に何も考えていなかったわ。沢山やるべきことがあって、時間が足りなかったの。それに、リトアニアを代表すること自体が私たちにとって、すでに『勝利』だったのよ。でも金獅子賞を受賞したって聞いた時、感情が溢れ出したのも事実ね。」

ゆったりとした音楽を聴きながら過ごす海辺での一時。周りの環境がどうであろうと、ただひたすら目の前のことをこなす、現代人の振る舞いを暗に批判しているようだ。この展示では、平穏な時間の裏にうごめく激しい感情と、現在を生きる人々への問いかけに触れることができる。

2 不気味な人形と無情なユーモア (ベルギー館)

一方、特別表彰を手にしたのは、ベルギー館。ヨス・デ・グルイター(Jos de Gruyter)とハラルド・タイス(Harald Thys)によるちょっと不気味で不穏なインスタレーション、『MONDO CANE』が展示されている。キュレーターは、ブリュッセルの非営利スペース「La Loge」のディレクター、アン=クレア・シュミッツ(Anne-Claire Schmitz)だ。『MONDO CANE』というタイトルは、1962年に上映されたイタリアのドキュメンタリー映画(日本語タイトルは『世界残酷物語』)に由来している。グァルティエロ・ヤコペッティ監督による、世界の風俗や奇妙な習わしを描いた作品だ。

ベルギー館内部の真っ白な空間には、人間の特徴的な動作を再現するようにインプットされ、いびつに動く幽霊のような人形が展示されている。20体の靴屋、パン屋、紡績工、ナイフのとぎ師など、実在する職業を再現したものだ。その動きがあまりにも不自然で滑稽なため、まるで奇妙な博物館で流れる、パロディのワンシーンのように思える。ホールの隅々には刑務所を連想させる鉄格子が設置されており、その鉄格子の中には、狂人や精神病患者、アーティストの人形が展示されている。世間に馴染みのある職人を模した人形と、当時は世間になかなか受け入れられなかった人々を模した人形は、鉄格子を隔てて同じ空間の中にいる。しかし、ホールの中心にいる職人を模した人形は、鉄格子の中にいる人形には目もくれず、ひたすら自分の仕事を淡々とこなしているように見える。なんだかまるで、私たちが生きている社会の縮図みたい。

このインスタレーションを理解するには、会場のパンフレットに記されている、各人形の不可解な(架空の)ストーリーを知ることが必須。この社会批判と架空の物語を合わせた作品は、それぞれ独自の生き方と、各コミュニティーに応じた社会模範の中で、私たち一人一人がユニークな存在であることを表わしている。ワカペディアチームが展示館を去ってからも、わずかな苦痛と乱れた気持ちは続いた。こんな時は、イタリアのカクテル「スプリッツ」を1杯(いや、むしろ景気付けに2、3杯)飲みながら穏やかな運河を眺め、心を落ち着けることに越したことはない。ちょっと休憩も兼ねて、サルーテ!

3 新しい神話と宇宙の卵(日本館)

日本館では、「人類と自然の共存」と同時に、「人間の活動が環境に及ぼす影響」について考えるよう訴えている。このテーマは今を生きる全ての人々に関連したものだが、特に津波や地震などの自然災害、そして福島原子力発電所の事故のように、人工的に作り出したものによって引き起こされた災害を度々経験してきた日本人にとっては、より身近なテーマかもしれない。宇宙の卵を意味するタイトル『Cosmo-Eggs』は、宇宙の卵から世界は誕生したという「卵生神話」が元になっている。地球の歴史からみれば、人類が地球上に広がっていった期間はとても短く、おそらくあっという間の出来事なのだろう。宇宙レベルの視点から、人はいかに自然と関わり生きていくことができるか、未来を生きるのかという問いを投げかけた展示なのだ。

能作文徳により設計された、人工の「肺」を思わせるような、丸く平らなオレンジのビニール製バルーンが会場の中心に置かれている。鑑賞者はそこに座り、気がむくままに空間を体験することができる。そのバルーンから吹き込まれた空気は、あらかじめ準備された楽器に送り込まれ、安野太郎により作曲された音楽が奏でられる。展示会場では、下道基行により撮影された、「津波石」の映像が4面の大型スクリーンに投影されている。そして、人類学者の石倉俊明が手がけた、アジアの各地域に根付いた津波に関する神話や民話などが、壁面に刻まれている。神話と楽曲、映像が一体化した空間構成は、建築家の能作文徳。そんな中、もう一度ゆっくりと空間を眺めてみると、オレンジ色のバルーンとそれに繋がって伸びているパイプチューブが、どこか卵の胚に見えてくるかも!?これからの未来石倉俊明を生きる私達が、人工物に囲まれながらも、本来共存するべき自然の中でどう生きていくかを見つめ直すための展示と言えるだろう。

4 驚くべき新たな入り口(ガーナ館)

ガーナは、今回初めて国別展示館を設営した4カ国のうちの一つだ。(他はマダガスカルマレーシア、そしてパキスタン)初参加にも関わらず、ガーナは批評家と観客の両方を驚かせたという。 展示会のタイトルは『Ghana Freedom』。1957年のガーナ独立を祝うために 、ハイライフ(西アフリカの英語圏に広まったポピュラー音楽)のキングと言われるイーティー・メンサー(E.T. Mensah)のミュージックタイトルから取ったタイトルだ。タイトルの通り、この展示では1957年のガーナ独立から今日までの歴史と、現在ガーナが抱えている移民問題についてフォーカスされている。国民の海外流出が大きな問題となっていたガーナ。しかし最近は、国を離れた人々やその子孫「ディアスポラ」が新事業を立ち上げるため、帰郷するようになった。そのため、世代や出生地に関わらず、ガーナ人の血で繋がったアーティストたちが、ガーナの文化を表すマテリアルを用いることで、アートを通して自分達のアイデンティティーを定義付けているのが感じられるだろう。

ガーナで最もホットな女性コンテンポラリーアーティストの一人、ナナ・オフォリアッタ・アイム(Nana Oforiatta Ayim)がキュレーターとして参加したこの展示は、エル・アナツイ(El Anatsui)やジョン・アコムフラ(John Akomfrah)、リネッテ・イアドム・ボアキエ(Lynette Yiadom-Boakye)、イブラヒム・マハマ(Ibrahim Mahama)、フェリシア・アバン(Felicia Abban)、セラシ・アウシ・ソス(Selasi Awusi Sosu)などガーナ出身のビッグアーティストによる合同展となった。アートギャラリーの展示構成を、建築家のデイヴィッド・アジャイ(David Adjaye)が担当し、展示館の入り口には、イブラヒム・マハマの作品が、ファサードのように見事に飾られている。壁一面には、魚を燻製にするために使用する網が張り巡られ、その中には木材、服などガーナの歴史にまつわるオブジェが見受けられるインスタレーションだ。中に入ると、白黒のポートレートが土色の壁に掛かっている。この壁は、歴史的なガーナ建築からインスピレーションを受けた建築家のデイヴィッド・アジャイが考案したもので、ガーナから運ばれてきた土で覆われているそう。そして、その壁に飾られている白黒のポートレートは、1950年~1960年頃に、ガーナ初のプロ女性写真家といわれる、フェリシア・アンサ・アバン(Felicia Ansah Abban)。同様に土の壁に展示され絵には、1977ロンドン生まれ、ガーナ人の両親を持つリネッテ・イアドム・ボアキエによる、架空の人物が描かれている。あえて実在しない人物を描くだなんて、アイデンティティと存在の有無そのものの意義を投げかけているのだろうか。。。もしあなたがガーナについてあまり詳しくなくても、心配ご無用!日本からはるかに離れたアフリカの国を知るきっかけにもなる、壮大な景観や自然を映したジョン・アコムフラのショートビデオを見れば、きっとガーナに行きたくなること間違いなし!(ガーナ産の美味しいチョコレートにもありつけるかも!?)

環境問題から歴史、移民などの社会問題に至るまで、あらゆるテーマが込められたコンテンポラリーアートに触れ、心がたっぷり満たされたワカペディアチーム。実りのある3日間が終わった後、メンバーはガーナのチョコレートに思いを馳せながら、再度アートの神様が微笑んでくれることを期待し、お気に入りのスプリッツで乾杯した。

Description: Sara Waka

Edited by: Wakapedia Japan Team

Photo: Giovanni Vecchiato