「『お前ほど使えない奴はない!!』いつもそう言われてきた。何もかも日本に置いて、写真家という夢を追いかけるためにベルリンに来たんだ。」

今をときめく写真家、藤原聡志が写真に夢中になったのは、わりと最近のことだ。1984年に神戸で生まれ、2007年に大阪芸術大学を卒業後、東京でグラフィックデザイナーとしてストレスフルな環境の中、キャリアを積んだ。そんな彼が突然、2012年にベルリンへ大きく羽ばたくことを決意した。

「東京で5年間、グラフィックデザイナーとして、様々なデザイナー事務所を転々としたよ。『お前ほど使えない奴はいない!!』って、いつもそう言われてきた。それである日、『もう十分だろう。新しい人生を始めよう!』って心から思って、こんな風に写真家という夢を追い求めて旅立ったんだよ。ちなみにベルリンを選んだ理由は、僕が好きな写真家、トーマス・ルフ(Thomas Ruff) とトーマス・デマンド(Thomas Demand) の二人がドイツ人だからかな!」と藤原氏。今振り返ると、その時ベストな選択をした彼に天晴れ。なんと言っても、日本を旅立ってからたった5年で、世界的に注目される若手写真家となり、数々の一流ブランドや有名機関とタッグを組んでいるのだから。彼が最初に手がけた大きなプロジェクトは、日本を代表するファッションデザイナー、Issey Miyake(三宅一生)とのコラボレーションだ。自身が撮影した肖像写真の数々をプリントしたTシャツシリーズ。そして、ベルリン・ドイツ・オペラの広告キャンペーンでは、彼の作品が2016年度のポスターを飾ることとなり、大きな反響を呼んだ。彼は「ベルリンの道行く人達に視覚的なインパクトを与えて、彼らの興味を掻き立てるようなイメージを作ることが目的だったんだ」と説明してくれた。

そんな藤原聡志氏の写真家としての目標とは?

彼は「新しい美に対する概念を確立したいんだ!」と、生き生きとした表情で語り始めた。「写真って、他の美術分野に比べたらまだまだ新しいものだよね。たった200年ほどの歴史しかない。でもさ、写真って決められた強い枠組みみたいなものがあって、現代の数々の写真家達もその枠にすごく影響を受けていると思う。でも、僕はそれに囚われたくない。自由でいたいし、その流れを断ち切りたいなって。だからこそ、写真を思いっきり潰したり、ぐしゃぐしゃにしたり、手を加えたりして、写真の持つ暴力性やビジュアルの持つ力を最大限に引き出したいって思ってるんだ。」

この斬新で攻撃的なアプローチは、不満や屈辱でいっぱいだった東京での5年間の下積み時代から生まれたものなのだろうか。どんな経験にも益になる可能性はあるのだ!

告訴ギリギリ?!新しい表現方法を追い求める若きサムライ

そんな彼の写真のスタイルはとても独特だ。彼は写真の新しい表現ツールとしての一面を見つけるために、ドキュメンタリーや時事などを扱う「ジャーナリズムとしての写真」とは距離を置いたスタンスをとっている。その独創性溢れるスタイルゆえに、批判的に見られることも多々あるとか。

« Code Unknown» というシリーズでは、ベルリンの地下鉄で様々な乗客の隠し撮りをした。知らない乗客たちの写真をこっそりと、許可なしにだ。彼は、「このシリーズは肖像権を反映しているとも言えるんだ」と言った。同氏は、被写体となった人物の肖像権に触れることのないように、写真を絶妙な角度で切り取ったり、画像処理をしたり、ズームした画像を用いて、被写体が誰なのか特定できないところまでイメージを加工した。そうすることで写真のバックグラウンドを奪い去り、衝撃的で強烈なイメージを与えることで、見る側からは、いつ、どこでその写真が撮られたかがわからない未知の空間が出来上がる。こうしたテクニックで、彼の写真の中に存在していたあらゆるストーリー性は失われていくのだ。

自身の作品を集めた展示会『EU』がミラノで開催!

「写真に手を加えることで、写真の持つ意味自体も変えられるということが分かったんだ。だから、他の全く違った場面に見えるようになるまで写真を部分的に分解し、組み立て直すことにしたんだよ。僕はこのタイプのシリーズをいくつも撮影したのだけど、そのシリーズの大部分が今はミラノにあって、10月中旬まで公開中だよ」と教えてくれた通り、プラダ財団が主催するミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ (la Galerie Vittorio Emanuele)の中にある、フォト・ギャラリー、オッセルヴァトリオにて、自身の名作を集めた『EU』という展示会が10月中旬まで開催されているので、興味のある方は是非足を運んで欲しい。

展示会は二つのパートに分かれ、下の階では  « Bellingerent Eyes »という« 5K Confinement »の作品が展示されている。これは、2016年の夏にプラダ財団が主催したメディア研究プロジェクトの一環として、藤原氏が制作を委託されたものだ。このルポルタージュ写真は、キュレーターを担当したルイージ・アルベルト・チッピーニ(Luigi Alberto Cippini)氏によって、スマートフォンからプロ用カメラに至るまで、あらゆる種類のカメラが集められ撮影された。『監視管理社会』といわれる現代の社会問題にフォーカスし、『自分自身が監視されていると知っている人』がどんなにストレスを感じているかというテーマを研究目的として、撮影が行われたという。

二階に上がると、ベルリンで撮影された « #R »という、警察官と活動家たちの対立を脱構築的に描いたシリーズをはじめ、2015年11月13日金曜日パリで起こったテロでジャーナリストや写真家のリポート現場を更にリポートするという « THE FRIDAY : A report on a report »(2015) を見ることができる。実はこの作品、今年4月に京都で行われたアートフェスティバル、「KG+」でも展示されたものだ。テロという響きに、暴力的なワンシーンを捉えた写真が並べられているかのように思うが、実は感極まったアマチュアのサッカー選手と抱き合うファンを写した写真や、ベルリンで行われた『ビーナス』というセックスフェアの来場者を撮影した加工写真も混ざっているというから驚きだ。こういった異なるプロジェクトを通して、若き日本の写真家は映し出されたイメージからコンテンツを抜き取り、写真に「新しい意味」を与えることに成功した。

また、キュレーターのルイージ・アルベルト・チッピーニ(Luigi Alberto Cippini)氏がレイアウトをした写真の配置は、時間軸を超え、『その瞬間』を感じるように配慮されており、藤原氏の写真のテーマにぴったりとマッチしている。彼の手によって、写真は画面やフレームの中といったオーソドックスな二次元の世界を抜け出し、巨大なビニールシートにまでプリントされていた。更に、その巨大な写真のプリントアウトは金具で壁に固定され、床にまで垂れ下がり、ぐちゃぐちゃっと折れ曲がっている。

枠を飛び出した藤原氏の3Dの写真と、展示空間を作品の一部として作り上げるキュレーターの見せ方は、彼の写真スタイルをよりダイナミックに仕上げる重要なキーポイントとも言えるだろう。撮影テクニックだけではなく、斬新なアイディアや新しい次元での写真展示を目の当たりにすることができるこの展覧会は、写真愛好家にはもってこいだが、もちろん、初心者も楽めること間違いなしだろう。

Description & Interview: Sara Waka

Edited by: Yoka Miyano

Photo: Satoshi Fujiwara, Ivan Grianti